オードリーヘップバーンといえば、ハリウッド映画史上の中でも最も日本人に愛された女優ではないでしょうか。オードリーヘップバーンはスクリーンのなかだけでなく、ユニセフ親善大使としても世界中に感動を与えてくれました。
オードリーヘップバーンは1929年5月4日にベルギーの首都、ブリュッセルで生まれました。オードリーヘップバーンの父親はイギリス人で母親はオランダ人でしたが、オードリーが10歳のときに離婚しました。
オードリーヘップバーンが10歳のとき、イギリスがドイツへ宣戦布告をしました。オードリーの母親は戦乱の渦に巻き込まれないようにオードリーをオランダに呼び寄せました。オランダで暮らし始めたオードリーはバレエを始めることになります。その後、19歳でイギリスに渡り、バレエのレッスンを続けていましたが、天才バレリーナの存在に挫折感を抱き、ソロ・バレリーナの道を断念してしまいます。
22歳のときに、映画の端役などをこなしていたオードリーヘップバーンに人生の転機が訪れました。アメリカ、ブロードウェイの舞台「Gi gi」で主役の座を射止めることができたのです。そして、この舞台を見た映画監督ウィリアムワイラーが映画のヒロインにオードリーを抜擢することになりました。この映画があの「ローマの休日」です。「ローマの休日」のヒロインを見事に演じたオードリーは、この年のアカデミーで主演女優賞を獲得しました。
オードリーヘップバーンのヒット作には他にも「麗しきサブリナ」「ティファニーで朝食を」「マイ・フェア・レディ」などが在ります。私生活では2度の結婚と離婚を経験し、2人の子供を出産しております。そして、出産後は子育てに専念するあまり、映画の出演数は減り、1989年の「ロールウェイズ」が最後の出演となりました。
オードリーヘップバーンは晩年にはユニセフの親善大使に力を注いでおりました。1989年から4年間で、エチオピア、スーダン、ソマリアなどの貧困に悩む国を数々と訪問しました。そして、それらの国の状況を世界中の人々に訴えかけました。
オードリーヘップバーンの微笑みはスクリーンのなかからだけではなく、世界中のめぐまれない子供たちにも直接向けらたのです。
オードリーヘップバーンは1992年の夏に、息子に会うためにアメリカに訪れていましたが、腹痛を訴え、入院しました。検査の結果、癌が見つかり、手術を受けました。しかし、その後は体調が回復せず、1993年1月20日に天国へと旅立ちました。